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福岡地方裁判所 平成12年(ヨ)492号 決定 2000年7月14日

債権者

甲野春子

甲野一郎

乙田夏子

有限会社甲野興産

右代表者代表取締役

甲野春子

右債権者ら訴訟代理人

河野美秋

野田部哲也

債務者

丙山産業株式会社

右代表者代表取締役

甲野二郎

右債務者訴訟代理人

萬年浩雄

古賀克重

池田耕一郎

上鶴和貴

原志津子

主文

一  債務者が平成一二年五月二五日開催した取締役会の決議に基づき、現に発行手続中の額面普通株式二九八万八〇〇〇株(一株の発行価額金五〇〇円)の新株発行を仮に差し止める。

二  申立費用は、債務者の負担とする。

理由

第一  申立て

主文一項と同旨

第二  事案の概要

一  本件は、債務者が法令や定款の規定に違反し、著しく不公正な方法で新株を発行しようとしており、これによって、株主が損害を受けるおそれがあるとして、株主である債権者らが新株の発行を差止める旨の仮処分を求めた事案である。

二  債務者は定款による株式譲渡制限のあるいわゆる同族会社であること、主文一項記載の新株発行(以下「本件新株発行」という。)の差止めの仮処分の趣旨に賛同した株主がほかに三名あり、同人らの保有する株式総数と債権者らの保有する株式総数とを合計すると債権者の発行済株式総数の約66.99パーセントになること、債務者の定款には、債務者の発行する株式の総数について二四〇万株という記載があったところ、平成一二年五月二五日付の定款には債務者の発行する株式の総数については三九八万四〇〇〇株という記載に変更されていること、本件新株発行における発行新株数は二九八万八〇〇〇株であること、新株の割当方法は平成一二年六月二三日午後三時現在の株主名簿に記載された株主に対し、その所有株式一株につき新株式三株の割合をもって割り当てるものであること、発行済株式数は九九万六〇〇〇株であることについては争いはないか、一件記録上容易に認められる。

三  右定款上の債務者の発行する株式総数の変更については、株主総会の特別決議が必要である(商法三四二条一項、三四三条)ところ、その特別決議の有無について両当事者らに争いがあるので、この点判断するに、一件記録によれば、平成一二年五月二五日に臨時株主総会(以下「本件総会」という。)が開催されたが、その招集通知には会議の目的事項として「イ 新任役員のご承認、ロ 前年度就任役員紹介、ハ 第二七期決算内容報告及び今期の経営方針説明、ニ その他」という記載があるにすぎず、債務者の発行する株式総数の変更について議案の要領の記載(三四二条二項)がないこと、本件総会に欠席した株主もいたが特別決議の定足数自体は満たしていたこと、本件総会では、債務者側が、「定款の一部変更についてのご承認をいただきたい」と株主に対して前置きした上、「商法三四七条によりまして定款上の授権資本を増加したいと思います。これは、対外的な信用力の強化を目的としております。」と説明し、その後「ご承認をいただきたいと思います。よろしく拍手のほどお願いします。」と続き、株主が拍手をしたことが一応認められるが、授権資本を具体的にいくらに増額するのかについての事前の説明すらなかったのであるから、債務者の発行する株式総数の変更について、特別決議がなされたとは到底認められない。

そして、定款で定められている発行する株式総数を超過して新株を発行する場合は、新株の発行は無効であるが、その主張は訴えによるべく、かつ提訴期間の制限もあるので会社の株式構成を変更する危険あるものとして、株主に不利益を与えるおそれある場合であると解される。

四  株主総会の特別決議がない以上、債務者の発行する株主総数は二四〇万株であり、発行済株式数が九九万六〇〇〇株であるから、本件では一五八万四〇〇〇株が授権資本の枠を超過して発行されることになる。そこで、超過発行分のみ差止めの仮処分を認めるべきか、それとも全体のそれを認めるべきかが問題になるところ、確かに、新株発行の可分な一部についてのみ差止めの理由がある場合にはその部分だけが差止めの対象になるとも解されるが、本件では、新株の割当方法として前示の方法を採用していることからすると、定款違反の株式として具体的にどの様式の発行を差止めるべきか不明であるし、また、超過発行自体極めて重大な法令、定款違反であることに加え、本件新株発行における超過発行数は発行新株数の約五三パーセントにも達しており、さらに、本来新株発行は手続を進める上において、一体的に進められるべきものであることからすると、全体の差止めの仮処分を認めるべきであると解される。

五  次に、債権者は債務者に対し商法二八〇条の一〇の規定に基づき本件新株発行の差止めを請求すべきであるが、本件新株の払込期日である平成一二年七月二一日前に本案訴訟によるその差止めを期待することができないのは明らかであるので、保全の必要性も認められる。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官・武野康代)

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